私の受験体験記
大型特殊二種

種別 |
取得年月 |
受験時 年齢 |
受験回数 |
試験場 |
| 大特二種 | 00年12月 | 34歳 | 3回 | 神奈川 二俣川 |
1.受験のきっかけ
「20世紀最後の挑戦の最後の一つ。とにかく達成する!」これしか理由はありませんでした。
けん引二種が3回もかかったため、既に11中旬となり、会社の休暇取得も考慮すると受験チャンスは最大に見積もって3回しかないという状態でのスタートでした。
2.試験結果
1回目・・・不合格。 大特車両の感覚を取り戻すのに精一杯。
2回目・・・不合格。 完走するも左折時のふくらみを指摘。
3回目・・・合格。 方向転換も完璧であった。
3.受験時のエピソード
1)個性的な試験官
外部の教習場で練習するには時間的にも、休暇取得の点でも無理がありました。
一種の試験で大特車に乗ったのは、はるか15年前だったので、「試験車両の感覚を取り戻すこと」を目的に、とにかく 1回目の試験を受けることにしました。
けん引二種受験時から、二俣川の大特のコース研究は始めていたので、コースは既に頭に入っていて、 さらに他の受験生から試験官についても情報をもらっていました。
ある受験生から「大特は有名な爺さん試験官がいて、小うるさいから気をつけな」と言われたのが気になりながら1回目の試験に向かった。
<試験1回目>
1回目の試験で私はこの爺さん試験官に初めて会いました。
乗車して挨拶をするや否や、
爺試験官:「はい、大特二種ね。準備できたら発進して!」
やたらと高い声でした。
15年ぶりの大特だったので、ぎこちない操作でのろのろと走り始めたとたんに・・・
爺試験官:「ここで乗ったことあるの?」
私:「いいえ、一種は東京で取りましたのでここでは初めてです。」
爺試験官:「あ〜そう!」「じゃあ、今日は練習だ!」「ポイント教えるから言われたとおりに走ってみて」
”もう、不合格って決まったのか。ちょっと強引だなぁ〜”と思ったものの、慣れていないのは事実だし、練習の良いチャンスだったので、爺試験官に負けないくらい大きな声で
私:「はい、よろしくお願いします!」
爺試験官「じゃあ、まっすぐ行って○番を左!」「左折はスピード落として左前輪をしっかりと縁石に沿わせる!」
爺:「曲がったら直線、アクセル全開!」
言われた通りに全開にすると、背後からのすごいエンジン音とともに車両がとろとろと加速する。
まっすぐ走れずに多少ふらふらしていると、
爺:「だーめだよ。こんなにふらついちゃ〜」
そんなこと言われても、こっちも必死だし・・・
とこんな調子で、爺さんの指示に従って方向転換場まで走った。
途中、徐行エリアの走り方や左折時の安全確認などを細かく教えてくれた。
方向転換での指示はさらに細かかった。
「はい、方向転換場の中を目視確認して通り過ぎる!」
「停車したら、安全確認してまっすぐにバック!」
そろそろハンドルを切り始めるころかな?と思って動かし始めると、
「何やっんの!まだまだ切らない!」
「まだ!」
「まだ!」
「まだ!」
「はい、ここで左にいっぱいまで切る!」
「早く、早く、早く、もっと早く切るの!」
右後輪が縁石に接触しないようにきにしに沿わせてバックし、前後左右をキョロキョロと確認しながらバックしていると
「なにキョロキョロしてるの、もうここまできたら左前輪はぶつかるわけ無いでしょ!そんなに何回も見ないの!」
こんな感じで、指導を受けながらコースを走って発着点まで戻った。
説明はこうるさかったが、しっかりとポイントを教えてもらえたためありがたかった。
<試験2回目>
2回目の試験は爺試験官ではなかった。
合格するつもりで望み、完走したものの「左折時に左前輪を見すぎている」とコメントをもらって不合格となった。
<試験3回目>
試験日は12月27日であった。今回受からなければ20世紀中の全種制覇は達成できない。
多少緊張した気持ちで試験車に乗り込むと、試験官は、あの爺さんだった。
「この人厳しいから、今回もやばいかな〜」と不安があったが、「とにかく自分には後が無い、精一杯やろう」と 気持ちを入れ替えて走り始めた。
爺さんに教えてもらったポイントを確実にこなしながら、キーポイントである方向展開まできた。
安全確認をしてまっすぐバックをはじめ、爺さんに教えてもらったポイントでハンドルを回し始めた。
ハンドルを回し始めると同時に、隣で爺さんが「お・・ぃ」といい始めて発言を止めた。
おそらくハンドルを切り始めるのがもう1秒遅かったら「おい!何やってんだ」と言いたかったのだろう。
「短期で小うるさい爺さんが声を出した地点でハンドルを切り始めていたということは、 ポイントがぴったりあっていたということだ」
そして、「発言をやめたということは試験は続行していて、合格の見込みが十分にあるということだ」
と勝手に納得して、 その後も丁寧にそしてメリハリをつけて試験車を走らせて、発着点まで戻った。
停車措置をテキパキと終わらせる。いよいよ運命のフィードバックである。
「あのね〜ここの右折の曲がり方おかしかったね〜」
いつもの厳しい口調で、採点表のコース図を指差しながら爺さんが言った。
”不合格かな・・・?”と思いながら、爺さんの手元にあるコース図を見ると、端の採点欄に「90点」と書いてあった。
”あっ、受かっている!”と言いそうになったが、爺さんへの受け答えに集中し
私:「はい、ハンドルの切り方が少し急だったと思います」と返事をした。
爺:「後は良かったから。待合室で待ってて」
私:「ありがとうございます!」
小うるさい爺さんであったが、1回目の試験時にあれだけしっかり教えてもらえたからこそ合格できたのは間違いないので、爺さんには感謝である。
2)「終わった」
「終わってしまった・・・」
全種制覇となった免許証を受け取った私は、「やった」という嬉しさと同時に「終わってしまった」という何ともいえない寂しさを感じていた。
2階から試験コースを見渡しながら、「もうここで試験は受けられないんだ・・・」と感傷に浸ってしまった。
振り返ると15年前もそしてこの3ヶ月間も受験中は本当に毎日が充実していた。
挑戦して良かった。
こうして、私の「20世紀最後の挑戦」は終わった。
2000年12月27日。
20世紀の終わりまであと4日であった。
3)会社への言い訳
けん引二種、大特二種の受験時は、既に就職した後だったので時間のやりくりにも苦労があった。
特に試験日は会社を休まなければならないからだ。
私の会社には「半日休暇制度」があったので、受験は毎回必ず午前中にして「半日休暇」を取って試験場へ 行っていた。
受験前にはできるだけ前倒しで仕事を片付けて、職場に迷惑がかからないように配慮した。
たいへんであったのは合格した日である。
合格すると当日免許発行のため、午後も休む必要があったからだ。
運転免許の受験に行くことはもちろん上司にも内緒だったので、合格時はすぐに上司に電話し、「申し訳ありません、午後も休ませてください」と連絡した。
合格の喜びを抑えて電話するのはちょっとつらかった。
全種制覇の後日、上司には免許を見せながら経緯を説明し、休暇などで迷惑をかけたことを謝った。
上司には「なんかおかしいなと思ってたんだよ」と言われた。
「取っても乗る車の無い免許に挑戦しに行くなんてお前らしいよ。まあいいんじゃないか。同じくらい仕事も頑張ってくれよな」といってくれた。
理解のある上司を持って私は幸せであった。
3.合格の為のキーポイント
1)安全基本動作
もはや言うまでもないが、安全基本動作は”自然”にできるようになるまで練習するべきです。
2)車両特性を理解する
大特の場合には一種も二種もあまり難易度は変わらないように感じます。
後輪操舵の車両特性を頭と体で理解できれば合格は近いと思います。
3)右折時も注意
左折時は縁石からの距離が要注意ですが、右折時にも「突っ込みすぎて急ハンドルとならないこと」「浅く回りすぎて右折時にセンターラインを踏まないこと」に注意することが大事です。
4.効果的な練習方法
1)日頃からの安全基本動作
言うまでもありません。
2)頭での理解と実車両での検証
二俣川の場合は、方向転換場所が外から見えるので、他の受験者の運転を観察して、頭でも理解すると良いです。
私も2回目の試験時は乗車順が遅かったので、外を回って方向転換の場所まで見に行ってました。
体で覚えるのはやはり実車に乗って学ぶしかありませんね・・・
3)神奈川二俣川試験場での試験観察
二俣川試験場では大特方向転換コースのすぐ近くに来訪者用の立体駐車場があり、上から試験を観察できます。
こんな近くで観察できます
立体駐車場から合格者、不合格者の実際の方向転換を観察することはたいへん勉強になりますので、時間に都合がつく方は二俣川へ足を運んでみてください。
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